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UI設計での「データ中心主義」は局所最適になりがちなんじゃないのって話

グーグルのビジュアルデザイン責任者が退職--データ中心主義に嫌気 - CNET Japan

「Googleのビジュアルデザイン責任者だったDouglas Bowmanが、データ中心主義の企業文化にうんざりしてGoogleを辞めた」というcnetの記事のはてブで、Googleの「データ中心主義」なるものに感心している人が結構いるのだけれど、これってGoogle AdwordsでSEM広告を出稿している人にはお馴染みの「A/Bテスト」そのものですよね。

一応書いておくと、A/Bテストというのは、比較すべき対象(バナー画像や広告テキスト、あるいはランディングページ全体)を初期状態では50:50の確率で出し分け、どちらの方があらかじめ設定した成果指標(クリックスルー率、遷移率、最終的なコンバージョン率など)で高い数字を出しているかをランニングで測定しながら、好成績な方の表示確率を上げてゆく仕組み。

マーケティング上の「仮説」を、実際のユーザー/カスタマーの行動を通してプロスペクティブ(前方視的)に検証しながら、リアルタイムに実パフォーマンスを向上してゆくという点で、これがWeb時代ならではの洗練された最適化手法であることは確かです。

でも実際にA/Bテストを試したことがある人なら、基本的にこのテストが

  1. 特定の成果指標(≒クリックスルーやコンバージョン)を向上するために
  2. 局所最適化を行うツールだ

ということも体感していると思います。おそらく「41の中間色をテストする」ときには、41パターンを等確率で表示するA/Bテストを実ユーザー相手に行って、そのカラーが置かれるエレメント(バナーボタンとか)のクリック率向上と、関連するエレメントなりのクリック率低下やサイト全体のコンバージョン変化などを組み合わせて測定しながら、トータルパフォーマンスが高かったものを最良の選択肢として採用してゆくことになるのでしょう。

で、これポイントなんだけど、そのA/Bテストを通して得られた「最適状態」というのは、あくまでそのテスト時に注目していた成果指標に拘束されます。そしてしばしば、その指標の向上のために測定範囲外のリソースを食い潰しています。たとえばバナーボタンAというエレメントのクリック率「だけ」を向上しようとしたら、自ずと誘目性と押下アフォーダンスが高くサイズもでかい「派手なボタン」になり、他のエレメントのプレゼンスを食う形になりがちです。

もちろんAdwordsが主眼とするSEM広告なんかは、同じ形・同じ文字量の広告枠の中で競合他社を押しのけてナンボな仕組みなので、他の並列エレメントとの均衡関係を打ち破ることこそが重要なわけですが、サイト全体で無際限にそれをやると愛生会病院のサイトになりかねません。

また、所与の情報設計やUI設計の文脈に拘束された中での最適性の追求は、全体的に見て最適な解をもたらすとは限らないです。たとえば背景が高彩度の紫色で、その上にオレンジ色のエレメント群が乗る文脈の中では、新たに並列的なエレメントを追加するときも、エレメントを緑色とするよりも「コンベンショナルに」オレンジ色にした方がA/Bテストでは高いサイトユーザビリティを発揮するかもしれないけれど、それはサイト全体の最適化にほとんど貢献しないでしょう。

「全体は部分の総和ではない」という警句はWebサイトのユーザ体験にも妥当するので、個別エレメントのA/Bテスト(と多変量解析)の繰り返しによってサイト全体のパフォーマンスをパレート最適な状態に向上するのは困難です。だからこそ、全体的な情報構造を統御する高次元のUIデザインは、ユーザビリティに関する高い知見と能力を持った、ロジカルなUIデザイナー(まさにDouglas Bowmanのような!)に---あえて言いますが---「創造的に先決めする」権限を与えて、A/Bテストはそうして「先決め」されたスキーム内での最適化に限局しないと、低いレベルでの均衡(ナッシュ均衡?)が起きてしまう可能性がありますよね、という話。

Google様のデザインプロセスがそんな単純なわけねえだろ。ちゃんと計算されてるはず。角度とか」って言う人もいるだろうけど、たとえば情報構造的に不合理な点が多々あるまま、見てくれや機能はパリッとしてきたGoogle AnalyticsのUI(サイト埋め込み用のjsコードがAnalyticsのどこに置いてあるか、直感的にわかる人ってどれぐらいいるのかな)はどうでしょう? あるいはgmailの(多数のユーザーのユースケースを深く分析した結果産まれたとは思いがたい)特異なWebアプリの基本構造それ自体には手をつけず、細部のデザイン修正で若干のユーザビリティ向上を図ったと思しき新UI(画面右上のリンクで「最新バージョン」の標準テーマと「旧バージョン」を切り替えて見比べてることができます)は?

わたくす的にはどちらも『トータルコントロールなき局所最適化の果てに、低レベルなナッシュ均衡で落ち着いてる状態』に見えたりしますし、だからこそBowmanのコメントを「芸術家の嘆き」とは取りたくないのですが…。みなさんはどうですか?